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余田 幸雄(ヨダ ユキオ)履歴

1969年3月兵庫県三田学園高等学校卒業
1973年3月京都大学法学部卒業
1973年4月通商産業省入省,この間科学技術庁、総理府、外務省、NEDO,JETROに出向。
2000年10月通商産業省(経済産業省)退職 
2000年10月財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC)専務理事
2002年10月京セラ株式会社関連会社統轄本部
2007年7月 京セラ株式会社退職

2009年10月 株式会社 タスク・ヨダ 設立。  代表取締役社長

2007年7月 タスク・ヨダ 個人事務所 代表

2002年10 月〜2007年6月  京セラ株式会社関連会社統轄本部

  1. べンチャー企業投資を担当。新規案件についてのビジネスプラン・収支見通し等の分析に加え経営トップの事業対応能力などを投資判断とするべく評価を実施。
    過去の案件に係る追加投資に当たっては、上記に加え、更に株主間契約書変更に関する問題点等を分析。
  2. 個別プロジェクト担当責任者として、(ア)有機EL(OLED)事業の買収、(イ)人工股関節等事業に係る日本メディカルマテリアル株式会社の設立、(ウ)IBM野洲事業所買収、(エ)中国上海における京セラのコンサルタント会社設立を担当。社内関係部門の調整、取締役会説明などを実施。
  3. (ア) 有機EL(OLED)事業の買収は、親会社である台湾企業から日本子会社の関連技術・関係研究者・関連設備などを買収するもので、英語による買収交渉、買収特許・ノウハウの処理、これらに係るデューディリジェンスなどを担当。
    (イ) 人工股関節等事業に係る日本メディカルマテリアル株式会社の設立は、神戸製鋼所との共同新設分割によるもので、事業価値評価、出資割合の決定、契約書・分割計画書の作成、定款等の作成、これらに関わるデューディリジェンスなどを担当。
    (ウ) IBM野洲事業所買収は、IBMが行っている不動産事業を含めた野洲サイトの買収で、不動産事業の事業価値評価、不動産の評価、賃貸借契約の承継、土壌調査、デューディリジェンス、関連部署との調整を行うとともに、米国IBM本社担当役員と契約書・買収価格について交渉。
    (エ) 中国上海における京セラのコンサルタント会社設立は、既存現法数社を束ねるコンサル会社を京セラの単独出資で行うものであり、会社定款、設立許可申請の作成、資本金の送金、現地オフィスの借上げなどを、上海のコンサル会社の協力を得て実施。
  4. 京セラはニューヨーク証券取引所にも上場しておりSOX法対応のため、グループのコーポレイトガヴァナンス、コンプライアンスの組織・仕組み作りなどに参画。

2000年10月〜2002年10月  通商産業省退職
財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC)専務理事

特に大量破壊兵器の拡散防止のため国際的な要請に応えた新制度キャッチオール規制の導入に当たって、産業界と通産省との意思の疎通と制度の円滑な運用の確保に傾注。

2000年6月〜2000年10月 大臣官房付

シリコンヴァレーの経験を活かすためJETROの協力を得て、岐阜、大分、愛媛、京都等で講演。

1997年6月〜2001年6月 JETROサンフランシスコ所長

  1. 通産省から出向。アラスカ、ワシントン、モンタナ、アイダホ、オレゴン、カリフォル二ア等米国北西州担当所長として各州と我が国との投資・輸出の交流促進を担当。
  2. 特にシリコンヴァレーを中心とするインターネット等情報通信革命とニューエコノミー時代幕開けの中で、米国企業の対日進出、日本企業の対米進出を支援。
  3. 我が国ベンチャー企業の進出拠点となるJETROインキュベーターをシリコンヴァレーの核であるサンノゼ市創設する計画の予算化。日本のベンチャー企業のシリコンヴァレー進出支援活動を行うビジネスカフェなど民間の機関と連携し、進出環境の整備。
  4. 我が国の地域活性化、べンチャー企業育成等の観点から、日本からの政治家、中央・地方公務員、産業界、大学等の訪問者、調査団、投資誘致ミッション等への対応。
  5. シリコンヴァレー地域で開かれるベンチャー企業、エンジェル、ベンチャーキャピタリスト、弁護士等の集まるセミナー、スタンフォード大学での公開講座等に参加。
  6. スタンフォード大学、カリフォルニア州立大学等との連携強化。
  7. スタンフォード大学、カリフォルニア州立大学等において我が国の構造改革・べンチャー企業育成策について、ジャパンソサイティにおいて我が国の通商政策について、講演。草の根レベルでの日本理解促進活動を強化。

1996年6月〜1997年6月 大臣官房調査統計部管理課長

時代に対応した統計実施のための企画,調整、所要の予算の確保。特に商業統計予算の確保、鉱工業生産統計のオンライン集計システムの具体化と予算確保に重点。

1994年6月〜1996年6月 特許庁秘書課長

  1.  庁職員2500人の採用、異動、研修、退職、服務、組合交渉等人事全般。産業所有権行政を支える庁職員の処遇改善に努力。また、サリン事件直後の対応に腐心。
  2.  両陛下及び三権の長を迎えた工業所有権制度110周年記念式典挙行を担当。宮内庁、警備当局、首相官邸、衆参両院、最高裁等との調整を実施。

1991年5月〜1994年6月 在カナダ大使館商務・経済担当参事官

  1. ウルグアイラウンド交渉の最終期におけるカナダ政府との折衝、NAFTA交渉における問題点把握分析,第三国としての我が国の懸念点等をカナダ政府に申し入れ折衝。
  2. 特にカナダ政府の対加投資要請に対応し日本自動車産業の投資促進ため,カナダの自動車部品関税引き下げ等投資環境改善を要求しカナダ政府と交渉。

1990年7月〜1991年5月 立地公害局産業施設課長

  1. 工業用水の安定供給のため地方自治体へ公共事業費予算補助。
  2. 海水淡水化の研究開発の促進。研究開発機関である造水センターの基盤強化に努力、地元茅ヶ崎市との共存に傾注。また、沖縄県における淡水化プロジェクトを支援。
  3. 湾岸戦争勃発により汚染した湾岸地域日本製淡水化プラント復旧のための方策立案と復旧チーム編成の企画調整。

1989年2月〜1990年6月 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)総務課長

  1. 産業技術開発部門の受入れ・立上げによる機構変革、予算調整、組織人員管理。この時点でNEDOの性格は従来の新エネルギー開発推進機関の役割から、広く通産省の技術開発を推進する機関に大きく変換。
  2. 広報室長としても大阪花博におけるNEDO館出展のための調整,寄付募金等を担当。

1987年4月〜1989年2月 機械情報産業局計量行政室長

  1. 計量法の運用解釈、関係研究機関・自治体との連携調整を担当。
  2. アジア地域の工業化、我が国企業のアジア進出等計量産業の国際化、ディジタル技術の普及に対処した中小計量産業の今後についてのヴイジョン作成。

1986年3月〜1987年4月 東京通産局総務課長

  1. 関東甲信越一都十県の中小企業振興、地域活性化政策等の調整を担当。
  2. 関東地域活性化プロジェクトチームのヘッドとして局手作りのイヴェントを東京商工会議所その他の団体との協力により実施。
    また、東京臨海エリアを含む地域活性化についてヴィジョン作成。後に出版。

1985年7月〜1986年3月 大臣官房調査統計部管理課総括担当補佐

所管統計の円滑な実施のための調整、予算要求を担当。

1983年11月〜1985年6月 総理府臨時行政改革推進審議会事務局参事官補佐

土光臨調を受けた行政改革のフォロー、新課題への対処等の審議を行う審議会事務局において、郵便・郵貯、農政等の行政分野を担当。

1983年2月〜1983年11月 資源エネルギー庁公益事業部計画課総括班長

  1. 二度のオイルショック後高止まりしている電気料金の引下げ問題、景気停滞に対する公益事業の役割等の問題を有する部全体の調整を担当。
  2. 電源開発株式会社(J-Power)の担当者として臨調における民営化の要請と実施の手順等を担当。

1981年5月〜1983年2月 工業技術院次世代産業技術企画官付き総括班長

  1. 新材料(セラミック、導電有機材料等)、バイオテクノロジー(遺伝子組替え等)、新機能素子の次世代産業の基盤たるべき12テーマの先端技術開発のためのプロジェクトの立上げ、実施団体の立上げ、産官学の連携のための大学等とのネットワーク作りを担当。短期間かつ円滑な立上げを実行。
    導電有機材料の基礎研究の開発にはノーベル賞受賞の白川教授にアドヴァイザーとして参加。
  2. 成果の確保と普及を促進し、委託先企業に対するインセンティヴを明確にするため、委託先企業への特許権帰属問題解決に参画。
  3. 米国からの通商問題の一環としての制度批判に応え、成果公開のためのセミナーの実施等を担当。現在の開かれた研究開発制度の基盤を整備。

1979年6月〜1981年5月 科学技術庁原子力局政策課課長補佐

科学技術庁所管の原子力関係法令の解釈。原子力賠償法、原子力船(むつ)法等の改正を担当。第二次オイルショック後の石油代替エネルギー導入促進のため原子力利用促進諸プロジェクト支援(特に高速増殖炉「もんじゅ」)とその財源確保のための法律制定参画。

1978年7月〜1979年5月 研究開発型企業振興官補佐

ヴェンチャー企業振興策の先駆けである研究企業開発型企業育成センター(現在のVEC)における保証業務の運用充実を図る。債務保証企業の倒産等による代位弁済が増加、センターの基盤強化に努力。

1975年12月〜1978年6月 資源エネルギー庁総務課及び機械情報産業局総務課

第一次オイルショック後の庁業務の総合調整、予算案の調整、国会調整等。関連法律の解釈特に鉱業法の解釈を担当。また、石油関係法律の作成に参画。特定機械情報産業振興臨時措置法の制定に参画。計量法の改正、省エネルギー法の制定等に参画。

1973年4月〜1975年12月 特許庁総務課総括係長

  1. 出願件数の急増と審査処理の遅延に対処し事務処理・審査体制の機械化の推進、増員・機構要求案の作成と折衝、予算要求案の作成折衝等。この間、特許法、商標法の法律改正、法令解釈等に参画。
  2. 特に事務処理・審査体制の機械化の推進に関し、推進担当部署の新設、予算の重点配分により現在のオンライン出願処理体制の基礎を整備。
  3. 工業所有権有効活用「特許戦略」の基礎的な考え方を整備。特許マップ、特許出願動向分析等現在の特許庁の広報活動の基礎を整備。
  4. WIPO、UNIDO等工業所有権行政の国際展開の基礎を整備。